相続回復請求権を行使できる間であっても、取得時効の完成を主張できるとされた事例
【東京高判2022(令4)年7月28日 家庭の法と裁判48号94頁】
【事実の概要】
X(被控訴人・一審原告)は、亡A(平成16年2月死亡)の養子であり、Aの唯一の法定相続人であることから、Aの死亡後、本件不動産について相続を原因とする所有権移転登記を経由して占有するとともに、本件預貯金等について相続に伴う名義変更をするなどしてこれを取得した。すると、平成30年6月28日、Y1(控訴人・一審被告)が、東京家庭裁判所にA作成の平成13年4月10日付け自筆証書遺言書の検認を申し立てた。同遺言書には、Aの遺産の分割は、X、Y1及びY2(控訴人・一審被告)に等分与する旨記載されていた。そのため、Xが、東京地方裁判所に、Y1、Y2並びに遺言執行者らを被告として、主位的に、本件遺言はAの意思無能力により無効であるとして本件遺言の無効確認を求めるとともに、予備的に、本件不動産については取得時効が、本件預貯金等に係る不当利得返還請求権については民法167条1項(平成29年法律第44号による改正前のもの)による債権の消滅時効がそれぞれ完成したなどと主張して、①Y1及びY2のXに対する本件不動産についての持分移転登記請求権及び②本件預貯金等に係る不当利得返還請求権がいずれも存在しないことの確認を求めて提訴した。原審は、主位的請求を棄却したが、予備的請求を認容したので、Y1及びY2はこれを不服として本件控訴をした。Xは控訴せず、かつ、遺言執行者らを相手方とする訴えを取り下げたので、控訴審では、予備的請求、すなわち、Y1及びY2のXに対する持分移転登記請求権及び不当利得返還請求権の存否が争われた。
【本判決の概要】
本判決は、持分移転登記請求権の存否に関し、相続回復請求権が行使できる間は相続回復請求権について定めた民法884条をもって規律されるべきであり同条の消滅時効が完成していない以上、取得時効によって所有権を取得できないとのYらの主張を排斥し、Xが本件不動産を取得時効により取得したことを認めた。すなわち、相続回復請求権の消滅時効も民法162条の取得時効も、いずれも事実状態に基づいて法律関係を早期にかつ終局的に確定させるために設けられた制度であることや、共同相続人による相続関係が生じている場合に適用されることという点で違いはないといえるものの、両者は、一般法と特別法の関係にあるわけではないし、むしろ、それぞれに異なった適用場面が想定されるものとして、別々の制度として規定されているものというべきである。このことは取得時効の成立要件と相続回復請求権の消滅時効の成立要件が全く異なるものとして規定されていることからも裏付けられる。これによれば、本件のように、個々の相続財産について、生じてきた事実状態に基づいて取得時効が援用される場合、相続回復請求権の消滅時効が成立するか否かにかかわらず、取得時効の成立を検討する必要があるというべきである。また、相続回復請求権は、所有物返還請求権等の個別的請求権又はその集合をいうものと解するのが相当であり、このような性格の相続回復請求権について、個々の相続財産についての取得時効の成立を排除し得るような特別の効力も趣旨も見いだすことはできない。Yらが引用する明治44年大審院判決及び昭和7年大審院判決は、遺産相続人ないし家督相続人が、昭和22年法律第222号による改正前の民法966条等に基づいて遺産相続ないし家督相続の回復を請求することができる間については、表見相続人が個々の相続財産について取得時効の規定によりその権利を取得することを否定する判断を示したものである。これらの判決の解釈は、家督相続制度を採用していた明治民法下においては妥当する解釈であったといえるのであるが、今日において維持するのは困難であり、先例としての意義を失ったものというべきである。本件移転登記請求権は、本件不動産についてXの取得時効が完成したことによって消滅したものと認められると判示した。
また、本件預貯金等に係る不当利得返還請求権について、Y1は、Aの相続開始の時点において、既に本件遺言書の存在及び内容を知っていたのであるから、Xが本件預貯金等を名義変更するなどして取得したことによって、不当利得返還請求権が発生した時から、その権利行使を現実に期待することができたものというべきであり、Y1の不当利得返還請求権は時効により消滅している。他方、Y2については平成31年1月にされた遺言執行者らによる通知によって、本件遺言書の存在及び内容を初めて知ったものであるから、それまでの間は、上記不当利得返還請求権の時効は進行しないというべきであり、その後に時効が完成したものと認めることもできない。相続回復請求の制度が債権の消滅時効の規定の適用を排除するものでないことは、取得時効の規定の適用について説示したところと同様であると判示した。
本判決は、Y2に関する本件預貯金等に係る不当利得返還請求権が存在しないことの確認を求める部分については棄却すべきであるとして原判決を一部破棄自判し、その余の控訴を棄却した。
【ひとこと】
本判決は、相続回復請求権の消滅時効完成前であっても取得時効の完成を主張できるとの一般論を示し、これと異なる判断を示していた大審院判例を先例としての意義を失ったとしたものとしたものであり、また、消滅時効の起算日についての判断も示したもので、実務上重要な意義を有するものといえる。