子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てにおいて、これに先立つ直接強制が不奏功に終わった経緯等に鑑みれば、間接強制の発令要件を満たさないとして、同申立てを却下した事例
大阪高等裁判所令和3年8月4日決定・家庭の法と裁判47号72頁
【事案の概要】
抗告人(父)と相手方(母)は平成25年に婚姻し、平成27年に長女をもうけた。しかし、令和元年には不仲となり、令和2年2月、抗告人は長女を連れ出して実家に帰り、別居を開始した(以下「本件別居」)。以後、抗告人は、両親とともに長女を監護養育している。
相手方は、令和2年3月、長女の監護者を相手方と定めるほか、長女の引渡しを抗告人に命じる旨の審判を家裁に申し立て、同年8月、相手方の各申立てをいずれも認容する内容の審判(以下「前件審判」)がなされた。抗告人はこれを不服として即時抗告したが、同年12月、高裁は同抗告を棄却する旨決定し、前件審判は確定した。
相手方は、前件審判に係る審判書正本(以下「本件債務名義」)に基づき、執行官に長女の引渡しを実施させる旨の強制執行を家裁に申し立て、抗告人による長女の監護を解くために必要な行為をすべき旨の実施決定を得ると執行官に対して引渡実施を申し立て、令和3年1月、抗告人方において、執行官2名のほか、相手方、相手方代理人、抗告人及び執行補助者(以下「補助者」)の立ち会いの下、長女(当時6歳)の引渡しの直接強制が実施された(以下「本件直接強制」)。
担当執行官は、当日午後1時20分頃に執行に着手したが、結局、長女は引き続き抗告人方に残ることになった。同執行官は執行不能と判断して午後4時50分頃に執行手続を終了した。なお、執行手続における事実経過に関し、録音反訳書及びCDRが抗告人より資料提出されている。
相手方は、本件債務名義に基づき、令和3年2月、決定告知日から7日以内に長女を引き渡さないときは1日当たり3万円の間接強制金を相手方に支払うよう抗告人に命ずる旨を家裁に申し立てた(以下「本件申立て」)。家裁は、同年6月、抗告人に対し、支払の始期を同決定送達日から14日以内とするほかは本件申立てと同旨の間接強制を命ずる旨の決定をした(原決定)。抗告人はこれを不服として、高裁に執行抗告を申し立てた(本件)。
以下、裁判所の判示を引用する(証拠の表示等は省略)。
【原決定の判断】
「債務者は、直接執行の場で、執行に抵抗するなど積極的な妨害行為に出たわけではなく、外形的には長女引き渡しに応じる姿勢を示していたことが認められる。」
「もっとも、一件記録によれば、長女の説得に難航していた補助者が、債権者の家に遊びに行こうと説得の方法を変え、長女もそれに応じそうなっていたところ、しあむしゃが、長女に『帰り迎えに来てくれる』と尋ねられたのに対し、『ママが嫌って言うからね。』と告げ、『今日また戻ってこれる』と尋ねられたのに対し、嘘をいう訳にはいかないとして、『今日からママのところに行くのよ。』と告げたことで、長女が拒否的な態度を強めたことが認められる。」
「債務者が、その直後の執行官などとの協議で、言葉の上で直接には長女の引渡しを拒絶しはしないものの、長女にとって債権者宅は耐え難い環境であるとして、長女を苦しめるとわかっていて積極的に子の背中を押すことはできない旨主張し、相互に折り合いをつけられる落としどころを話し合いたいなど、長女の引渡しを事実上拒絶していたことや、債務者の長女に対する従来の説得も、債権者のところに『行ってもいいよ』といった、長女の意思任せのものであったり、債務者が『警察に捕まるかもしれない』といった、長女の不安を煽るものであったことがうかがわれることにも照らせば、長女の拒絶は、債務者の意識的・無意識的な働き掛けによるところが大きいと考えられるのであって、長女の年齢にも照らせば、債務者の意思によって長女の拒絶を和らげ、引渡しを実現することができないものとはいえない。」
「以上によれば、本件間接強制の申立ては、これを認めるべきものといえる。」
【本件の判断】
「間接強制は、債務不履行に対する制裁の告知により債務者に履行を動機付けるものであるから、債務者が自らの意思のみで履行できる債務であることを要し、第三者の協力又は同意を得るため債務者の意思では排除できない障害がある債務は、間接強制の発令要件を欠くことになる。間接強制は直接強制等の他の執行方法と異なり、所定の義務を履行しない限り債務者が永久に強制金を払い続ける義務を負うことになり、相当でないからである。」
「本件のように、請求権者が子の被拘束場所に立ち入って子を連れ出すような場合、同請求権には、義務者に対し、請求権者が前記場所に立ち入って子を連れ出すという親権行使を妨害せずに受忍するよう求めるだけでなく、子の連れ出しに支障が生じないように一定の協力を求める内容が含まれる。とはいえ、一般に義務者に求められる協力の内容は、当該子のために最低限必要な荷物を準備したり、請求権者の監護下で生活するようになっても引き続き親子交流は可能である旨告げるなどして、引渡しに伴う当該子の精神的負担を軽減すべく配慮するといった程度のものに留まると解される。」
「以上をもとに検討するに、抗告人は、本件間接強制に対し、当初から執行官に長女の引渡しに応ずる態度を明らかにし、長女の荷物等を引渡しに備えて玄関先にまとめていたほか、相手方の引渡しを妨害しない態度は一貫していた。なお、抗告人以外の言動により遊びに行くだけだと誤解して相手方に同行しようとした長女に今日戻ってこれるかを問われた抗告人が、今日から相手方のところに行くのだと真実を告げたことは、相手方の連れ出しに対する妨害とは評価できない。
そして、抗告人が、引渡しに拒否的な構えを崩さない長女に対し、相手方や補助者の話を聞くように促し、自分が同室することで支障があるならば席を外す旨補助者に申し出、さらには執行官や補助者からの示唆を受け、暗に相手方の下に行くよう長女に促すことまでしても、相手方に対する長女の拒否的な構えは変わらず、執行官がこれ以上手続を続けることはできないと判断したことが認められる。
そうすると、本件直接強制に際し、抗告人が、相手方による長女の連れ出しを妨害せずに受忍し、これに支障がないように必要な協力を尽くしたことは明らかであり、本件直接強制は、債務者たる抗告人の意思では履行できない状態に至ったというべきであるから、抗告人について引渡債務の不履行があったとは評価できない。その後の経過を見ても、母子交流を長女に促し、相手方に引渡しについて提案するなど、本件債務名義によって命ぜられた長女の引渡債務を履行しようとする抗告人の態度は基本的に一貫していると評価できるから、現時点において、抗告人に引渡債務に係る不履行のおそれを見出すことはできない。」
したがって、本件申立ては発令要件を充たさないから、権利濫用の争点を判断するまでもなく却下するのが相当である。」
「付言するに、子の引渡しや面会交流を巡る現状は、特に、既に長女の監護者が相手方と定められているにもかかわらず、本件直接強制において長女に相手方の下に遊びに行くのだと告げて長女に翻意させようとしたことに端を発して、結局、長女に監護者を選択させる事態を招いており、長女の心身にかなりの悪影響が生じていて、その福祉を著しく害したといわざるを得ない。長女が令和3年4月以降に登校できない状況にあるのもこのためであろうと推測される。別途、子の引渡し又は面会交流に関する家事調停を申し立て、家庭裁判所の関与の下で調整を図ることが、今後の長女の福祉に配慮する上で相当と考えられるので、当事者においては検討されたい。」
【コメント】
子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てにおいては、これが権利濫用に当たるかとの枠組みにおいて判断されることが多かった(最三小決平成31年4月26日集民261号247頁、最三小決令和4年11月30日集民269号71頁等)。本件は、権利濫用の判断の前に、債務者が負うべき子の引渡債務の内容を分析した上で、抗告人について不履行があったとはいえず、今後の不履行のおそれも認められないとした点で特徴的である。
本件では、本件直接強制の録音反訳書及びCDRが資料提出されており、本件直接強制でのやり取りの内容が詳細に事実認定されている。間接強制の前提として問題となる債務不履行の判断において、直接強制でのやり取りの内容が考慮要素になるのは当然であるが、子の引渡しにおいて債務者が負うべき債務の内容は、直接強制の現場での協力に尽きるものではない(この点については、前掲・最三小決令和4年11月30日の宇賀克也補足意見が、債務者に対し、子の債権者に対する強固な忌避感情を取り除く努力を求めていることが参考になる。)。債務不履行の判断にあたっては、直接強制でのやり取りの内容への過度な依拠には慎重でなければならないと思われる。