【事件名など】
 婚姻費用分担申立て却下審判に対する抗告事件
 東京高裁令和4年10月13日決定
 家庭の法と裁判45号47頁
 なお、判例評釈は見つからなかった

【決定要旨】
 同居したことがない夫婦間において、相手方(原審相手方、夫)の婚姻費用分担義務も分担の必要性もないとして申立を却下した原審を取り消し、抗告人(妻)に対する支払を命じた事例

【事件の概要】
 X(抗告人、原審申立人、妻、婚姻時30代後半)とY(相手方、原審相手方、夫、婚姻時40代前半)は、婚姻届出後、毎週末に会い、夫婦としての営みを繰り返したが、同居しないままの状態であった。婚姻から約2か月後、Xは同居を拒否したことから、以後は全くの別居状態となった。
 そこで、XはYに対して家事調停を経たうえで婚姻費用分担審判の申立てをした。

【裁判所の判断】
(原審・横浜家裁)
 原審家裁は、婚姻費用分担義務は、夫婦の同居や協力関係の存在という事実関係から発生するものであり、本件において、夫婦共同生活を想定すること自体が現実的ではないから、このような義務は発生しないし、またXは婚姻前と同様に自己の生活費収入を得ることは可能であるから、Yに婚姻費用分担金の支払をさせる具体的必要性もないとして、申立を却下した。
(抗告審・東京高裁)
 これに対し、本件抗告審は、婚姻費用分担義務は、夫婦の他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務であり、これは、婚姻という法律関係から生ずるものであるとして、原審の事実関係を婚姻費用分担義務発生の基礎とする考えを否定し、夫婦であるXY間の婚姻費用分担義務の発生を認めた。
 そして、必要性については、原審の法律構成を正面から修正することなく、Xの事業所得とYの給与所得をいわゆる標準算定表に基づき給与所得に換算し、YのXに対する婚姻費用支払義務を認めた。

【検討】
 婚姻費用分担義務の発生の根拠につき、原審は同居や協力関係それらの可能性といった生活実態などの事実関係を重視し、これらが薄いXY間には、その義務が発生せず、またXは婚姻前と同様に自己の生活費収入を得ることは可能であるからとして、Xの申立を却下した。
 抗告審は、自らの意思で夫婦という法律関係を構築したということを重視し、このような法律関係の存在が婚姻費用分担義務の発生の根拠であるとして婚姻費用分担義務の発生を認め、かつ婚姻関係の実態がおおよそ存在しなかったということも、その意思もなかったということもできないとして(これが信義則違反に該当しないという判断であるのかは、決定文上判然とはしない)、必要性についてもXの実質が十分であるか否かの判断をせずに、Xの事業所得とYの給与所得をいわゆる標準算定表に基づき給与所得に換算しYのXに対する婚姻費用支払義務を認めた。
 婚姻費用分担義務の発生の根拠については、抗告審決定記載の考えが通説・判例とされており、例外的に婚姻関係の破綻に責任がある一方当事者による婚姻費用分担請求は、信義則違反となりその違反の程度に応じて請求が認められない場合や一部減額されることがあるにとどまるとされている。
 原審は、保全あるいは仮の処分の必要性と同じような婚姻費用分担請求の必要性が法律要件であると考えているようであるが、このように考えると十分な収入のある当事者には婚姻費用分担請求権がないことになってしまい、婚姻費用分担請求権は、夫婦の他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務から発生するとする考えと相容れない。
 もっとも、Xは事業所得者であり、当該年度については経費控除の結果、所得がゼロということになってしまっているので、この算定結果の正確性には次のように疑問がないわけでない。Xが、コロナによる減収があったとして個人事業者に対する一時支援金26万円、月次支援金30万円を取得しているのであるからその対象期間における事業活動は前年と比較して減少しており、通信費、接待交通費等の他の経費につき支援金算定期間における支出が適切であったかを細かく認定する必要があったのではないかと思われる。