妻である原告が、離婚訴訟の関連損害賠償請求として、被告に対して、離婚慰謝料請求を提起したところ、裁判所は、婚姻中離婚前別居時点で婚姻関係が既に破綻していたとして、その後の被告の種々の行為行動は離婚慰謝料の発生事由とはならないと判断した事例
(東京家裁判決令4年7月7日家庭の法と裁判49巻89頁)

1 事案の要旨
原告X妻(昭和57年生)
被告Y夫(昭和57年(同年)生、外国籍)
東京家裁に離婚及び関連損害賠償請求訴訟を提起 令和元年9月13日

請求は概略以下のとおり
 民法770条1項5号に基づく離婚
 日本国籍である長男(平成27年生)及び長女(平成29年生)の親権者の母Xへの指定
 離婚成立の月から成人に達する日の属する月まで養育費の支払
 (離婚成立の「月」は訴状自体そのような記載であることは確認した)
 離婚慰謝料300万円とこれに対する判決確定の日の翌日からの遅延損害金の支払
 財産分与
 年金分割

2 本判決の要旨
 離婚請求認容
 2子の親権者を母Xに指定
 養育費は、離婚成立の日から20歳に達した日の属する月までの支払を命じた。
 (なお成人年齢は本訴提起後の令和4年4月1日に18歳に変更された。)
 離婚慰謝料300万円の支払請求は、婚姻関係破綻時点までの原告Xの主張事実は証拠がないし、またその後の原告Xの主張は離婚慰謝料発生事由になりえないとして主張は採用せず、両者を通じて請求棄却とした。
 財産分与は、それぞれ名義の財産を評価したうえで2分の1ずつになるように分与した。
 年金分割は、請求すべき按分割合を0.5と定めた。

3 重要な争点
   出典雑誌記載の判示事項は、離婚慰謝料の発生事由該当性となっているが、同一判決を記載している判例タイムズ及び判例時報記載の判示事項は、いずれも親権者を母Xとした事例となっており、争点のとらえ方が全く異なっている。
 被告夫Yの国の裁判所が監督責任を持つ者からの子どもの略奪などの罪状で原告母Xを被疑者とする逮捕状を発布したという事実関係の下で、このような母親であっても親権者たり得るかということが大きな争点となった。
 本判決は、逮捕状が発布されているとの一言をもって直ちに親権者として不適格であるとはいえないなどとして母親を親権者と指定した。
 次に、本判決は、離婚慰謝料の発生事由該当性につき、婚姻関係破綻の後の被告の原告に対する行為は、離婚慰謝料の発生由にならないとして、事実認定に踏み込むことなく、原告の主張は採用できないとして、離婚慰謝料請求を棄却した。

4 離婚慰謝料についての東京家裁の判断についての評価
 一般的に離婚訴訟と併合審理される慰謝料請求は「関連損害賠償請求」(人訴法8条1項)であり、この慰謝料には、離婚慰謝料と離婚原因慰謝料があるといわれている。この2つの慰謝料請求権の訴訟物が別個のものであるのか前者が後者を吸収して一体と解釈すべきかは、説明が困難であって通説がない。
 ただ、実務的には、訴訟指揮として前者の離婚慰謝料請求として主張を明示的ないし判決釈明として整理することが一般的である。
 本判決は、婚姻関係破綻後の種々の相手方配偶者の行動は、離婚慰謝料発生事由とはならないとの法的判断を前提に、婚姻関係破綻までの原告X主張事実は証拠が十分でなく、また、婚姻関係破綻の後のX主張事実ないし事由は主張自体失当であるとしたものである。
 離婚訴訟に関する有力書籍である編者秋武、岡「離婚調停・離婚訴訟(改訂版)」青林書院40頁は、「婚姻が破綻した後、相当期間が経過した段階において生じた損害賠償については、もはや『人事訴訟の原因である事実』ということはできないから、関連損害賠償請求であるとはいえない」としており、本判決の婚姻関係破綻時で2分する前記法律解釈が通説に従ったものであると断定することはできない。
 この判決で法律的に解釈困難なのは、家裁の職分管轄との関係である。
 夫婦間の不法行為は、家庭裁判所が例外的に職分管轄を認められたものに限定されることはない。
 不法行為のうち、人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に係る請求に係る請求(人訴法17条1項)につき家庭裁判所が例外的に職分管轄を認められたところから、家裁で審理できる不法行為に基づく損害賠償請求事件の原因事実に限定があることになるだけである。
 本件判決裁判所は、必ずしも確定的な説とはいえない上記前提判断に基づいて判決をしているところ、審理過程において当事者双方がそれにつき十分主張を尽くしたとは言い切れないようであり、家庭裁判所が婚姻破綻時期を自ら確定し、前記のような理由で判断したことについては、疑問なしとしない。
 控訴審においては、この争点について双方の主張が補足されているが、高裁は、特段の判断を加えることなく本判決の判断を是認している。
 また、本件判決が採用した訴訟物に基づく判決の既判力をどう捉えるかは困難な問題がある。
 本判決が採用したと思われる訴訟物一体説(離婚原因慰謝料を別個に考えるのではなく離婚慰謝料として一体として考える説)をとった場合、不法行為の訴訟物は、請求当事者の主張に対応して、離婚時までの一個とするか(この場合、実体判断されなかった婚姻破綻時以降の不法行為請求原因事実ないし事由に基づく民事裁判所への訴えは既判力に反することになろう)、婚姻関係破綻までの不法行為と破綻後の不法行為は訴訟物を異にすると考えて(一部請求と考えるのが理解しやすいと思われる。)民事裁判所への訴えは既判力に反しないとすると、家裁が実体判断のうえ請求を棄却した請求金額は請求額300万円のうちのいくらなのかの判断は判決文からは不可能である。
 民事裁判所では、離婚と因果関係のあるものに限定されない事実を原因とする不法行為請求について審理することができるのであるから、家庭裁判所は、本件においては300万円の損害賠償請求事件全体を分離し、もしくは分離せずに終局判決で、地裁に移送すべきではなかったのではないか思われる。
 この場合、不法行為の成立は離婚を前提とする必要はないのであるから遅延損害金の起算日は、具体的不法行為の日となる。
 この場合の請求原因は、離婚原因慰謝料と同様に個別の不法行為原因事実ということになろうから、訴訟物は、個別不法行為原因事実ごとに計算され、損害も訴訟物に対応することになるのが原則である。
 なお、夫婦間においては婚姻解消の時から6か月を経過するまでの間は時効は完成しない(民法159条)。

5 判決確定経緯
 この判決に対しては控訴、上告がされ、高裁は、令和5年4月14日、財産分与についてのみ、財産分与対象財産の評価額、代償金の処理、不動産の分与と代償金の引換給付の処理などの変更をし、令和6年3月27日、最高裁は、上告棄却、上告不受理の決定をし、高裁判決が確定している。