死亡保険金請求権と民法903条類推適用
 被相続人を保険契約者兼被保険者とし、共同相続人の1人と死亡保険金の受取人とする生命保険契約に基づく死亡保険金請求権について、民法903条の類推適用による特別受益に準じた持戻しを否定した事例
[広島高決2022(令和4)年2月25日 家庭の法と裁判41号50頁]

【事実の概要】

  1. 当事者
    被相続人(1964(昭和39)年生まれ)は2016(平成28)年に死亡した。相続人は、被相続人の母X(1939(昭和14)年生まれ、抗告人)と被相続人の妻Y(1967(昭和42)年生まれ、1997(平成9)年婚姻)である。
  2. 当事者の生活等
    被相続人は、昭和の終わり頃、Xと別居し、Yとの同居を開始した。Yは、被相続人と同居する前に准看護師として1年就労したことがあったが、同居開始後は、被相続人が死亡するまでの間、専業主婦であり、被相続人及びYは、専ら被相続人の収入(トラック運転手)によって生計を維持してきた。自宅は借家である。 被相続人の父(Xの夫)は、2010(平成22)年に死亡した。被相続人は同人の遺産を相続せず、同人とXとの間の長女(被相続人の姉)が同人の自宅不動産を相続した。同不動産には、X、長女及び次女(被相続人の妹)の3人が暮らしている。
  3. 本件保険
    被相続人は、1990(平成2)年8月1日、本件保険1(定期保険特約付終身保険)に加入した。当初、受取人を被相続人の父としたが、Yとの婚姻後、受取人をYに変更した。死亡保険金額は2000万円である(当初3000万円だったがその後減額された。)。 また、被相続人は、2001(平成13)年1月29日、本件保険2(いわゆるがん保険)に加入し、受取人をYとした。死亡保険金額は100万円である。
  4. 死亡保険金
     被相続人は2016(平成28)年に死亡した。相続開始時の遺産評価額の合計は772万3699円であった。遺産分割対象財産の評価額の合計は459万0655円となっていた。なお、遺産の減少について、XはYの不当利得を主張し訴訟提起したが、Xの請求は棄却された。 このように、Xが受取人とされた死亡保険金額は合計2100万円であるところ、これは、相続開始時の遺産総額の約272%、遺産分割の対象財産の評価額の約457%に上る。Xは、民法903条の類推適用による特別受益に準じた持戻しを否定した原審に対して抗告した。

【前提となる最高裁判例とその後の裁判例】
 被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した生命保険契約に基づく死亡保険金請求権は、相続財産に属するものではない。もっとも、最決平成16年10月29日民集58巻7号1979頁(以下「平成16年最決」という。)は、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して」「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となる」とした。
 「特段の事情」の有無をめぐっては、これまでの裁判例では、平成16年最決が挙げる様々な考慮要素のうち、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率」が結論を左右する判断要素とされてきた。例えば、肯定例である東京高決平成17年10月27日家月58巻5号94頁の事案は保険金額が遺産総額の約99%であり、同じく肯定例である名古屋高決平成18年3月27日家月58巻10号66頁の事案は約61%であった。他方、否定例である大阪家境支審平成18年3月22日家月58巻10号84頁の事案は約6.1%であった。

【本件決定の概要】
本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険金の額と比較して、さほど高額なものとはいえないこと、被相続人とその妻Yは、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Yは一貫して専業主婦で、子がなく、被相続人の収入以外に収入を得る手段を得ていなかったこと等を踏まえ、本件死亡保険金は、被相続人の死後、妻の生活を保障する趣旨のものと認められるとした。
その上で、Yは現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金により生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれること、これに対し、抗告人Xは、被相続人と長年別居し、生計を別にする母親であり、被相続人の父(抗告人の夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮した結果、「特段の事情」が存するとは認められないと判断した。

【評価】
 本決定は、保険金額が遺産総額に占める割合だけではなく、平成16年最決が挙げる「保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等」をも考慮して「特段の事情」の存否を判断したものであり、従前の裁判例とは異なる特徴を有する。